賀名生皇居跡
静けさのなかに、凝縮された動乱の物語。訪れる者を感動させずにはいられない。
遙か延元元年(1336年)の年の暮れ、足利尊氏の軍勢によって京の都を追われた後醍醐天皇は、吉野へと向かう途中に西吉野に立ち寄られました。
天皇を手厚くもてなした郷土「堀孫太郎信増」の邸宅はその後、後村上天皇、長慶天皇、後亀山天皇の皇居として南朝の歴史を刻んできました。
藁葺屋根の素朴な屋敷の前に建つ重厚な冠木門には、倒幕の志士天誅組吉村寅太郎の筆による「賀名生皇居」の扁額が掲げられています。
梅林を背景にひっそりとした佇まいは、遠く都を離れた天皇の哀史を今も伝えています。
賀名生の地名縁起
南朝こそ正統でありたいと願う後村上天皇は、かつては「穴生(あなふ)」と呼ばれていたこの地に夢現実の願いを込めて「叶名生(かなふ)」と名付けました。
その後、正平6年(1351年)には足利氏が南朝に帰順し、また多くの公卿や殿上からの賛同を得た事より願いが叶ったという喜びを記して、 再度この地の名前を名付け改める勅書を下されました。
それが、「賀名生(あのう)」縁起です。
見学について
春 2月~3月上旬
秋 11月1日~11月8日
見学料:1人300円(小学生以下のお子様の見学はご遠慮ください)
見学希望者は下記へ往復はがきで申し込んで下さい。
〒637-0117 奈良県五條市西吉野町賀名生1
堀 元夫
※往復はがきの往信面に申込者の電話番号、返信面には氏名と住所の記載してください。